40代底辺女の貧困生活

月給15万で・・・貯金ナシ、年金ほぼナシ、資産ナシの母親を養っています。ボロ賃貸暮らし。

弟のこと ー その2

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昨日の続きです。
弟のこと ー その1 - 40代底辺女の貧困生活


お前ら?
ら?って?
私と母親って事??


私、弟が、母親にキレるってなら、まだ分かるんですよ。
「なんで俺が、母親の面倒見なあかんねん」ってなるのは、まだ分かります。


何もせず、1円たりとも出したことない弟が、実際母親の面倒をずっと見ている私に向って、
なんでキレたのか、私、本当の所はいまだに分からないんです。
これ思い出したら、私、とても腹が立つんです。


私、この時ほど、会社に来る河内弁の業者さんとの会話から、
河内弁をそれとなく盗んで習得していて良かったと思った日はありませんでした。
  えーっと、河内弁というのは、関西でもわりと、ガラが悪い方言で有名です。
  ただ、使う人によって、結構印象も変わりますので一概に言えませんが、
  ウチの会社の河内弁の業者さんは、バリバリです。


私は河内弁まじり、弟はドスの効いた声で、
罵詈雑言の応酬が、30分程続きました。


もう最後には、2人とも会話にはなってなかったような気がします。
バクっとこういう事を言われたというのは覚えていますが、
細かい事までは覚えてないんですよね。言ったことも言われたことも。


とにかく弟は、お金を援助する事も、3人で暮らす事も嫌だと言い、
そして私は、一緒に住むことのメリットと、無理なら金銭援助してくれと、
お互いが自分の主張を押し付け合う内容でした。


「あぁ?お前よぉ、誰に向かって口きいとんじゃ、お前が来いや」
これは、「お前ら、俺のトコ土下座しに来い」と弟がのたまった、私の返しの言葉です。
いかに中身のない会話だったかお分かりかと思います。


私、本当に温厚で、ほとんど怒らないんです。
なおかつ、誰かに怒鳴ったりというのも疲れるので、
よほどのことがあろうとなかろうと、怒鳴ったりする事はありません。


あと、喋り方もおっとりしているとよく言われます。
会社の年配女性からは、「うめちゃんは、真面目で優しい」といつも言われています。


・・・・・まぁ、自分でコレを言うのもどうかと思いますし、どう言い訳した所で、
私は、クズに向かっては、ガラの悪い言葉で対応する事が多いです。


何故なら、相手はクズだからです。
日々、河内弁の研究に余念がありません。


河内弁の業者さん、あんまり会社に来ないので、なかなか上手くなりませんが、
もっともっと上達したいと思っています。




弟は、2年前の再度の打診の時、
逆切れすることによって、金銭の援助をうやむやにしたんだろうと、今なら分かります。


ですが弟が、終始、「お前ら」と、複数形で話をしてきたのが、
私はどうも気にくわないのです。


うやむやにするべく逆切れしたにせよ、何故、複数形だったのでしょうか。
母と私を、一緒くたにしているフシがありますが、
これに気付いたのは、後日でした。なんで複数形なんだろう?という疑問を、
この時私は弟に追求しませんでした。




弟は、自分からは絶対に電話を切りません。
何故なのか理由は分かりませんが、いつも、電話を切る時は、私からなんです。
慣れない河内弁と、怒鳴り合いの応酬に、私はもの凄く悲しくなってしまい、
「もういいです・・・」と、涙声で電話を切りました。


情けないにもほどがあります。
私は、本当に情けない人間なんです。


電話を切った後、
「どうして私が、クズとは言え大好きな弟と喧嘩しなくちゃいけないんだろう・・・」と、
ただただ貧乏が悲しかったです。
クズがどうこうというより、貧乏が辛かったんです。


その後、10分ぐらいたった頃でしょうか。
弟から電話がありました。


出るかどうか迷いましたが、まだ言い足りないのだろうかと、電話に出ると、
「さっきは、言いすぎた。ゴメン」という電話でした。


私は、泣いてしまいましたが、
もう、どうして泣いているのかは、自分では分からなかったです。


貧乏が辛くて泣いているのか、弟が思い通りにならなくて悔しかったのか、
今まで喧嘩などした事なかった私と弟が、どうして喧嘩しなくちゃならないのか、
しかも喧嘩の原因は母の事です。


私の事でも弟の事でもなく、
母の事でどうして私たちが喧嘩しなくちゃならないのか、
色んな事がぐちゃぐちゃになっていました。


私は、こんな情けない状態でしたので、
弟に謝られた事で、全てを許してしまいました。


「ゴメン」という言葉は、「3人で暮らす事も金銭援助もできない」という事にも
かかっている事は分かっていましたが、もう、どうでも良かったんです。


このクズに何を言っても無駄だと、前からなんとなく感じてはいましたが、
本気で理解しましたし、もう、私ばかりが必死になっている事に疲れてしまったんです。




それからしばらくたって後日、電話で、
「あの時、お前らってあんた言ってたけど、お前らって何?なんで複数形なん?
 私が好き好んで、母親と暮らしてると思ってんじゃねぇだろうな?」と聞いたら、


弟は「あ、姉ちゃん、好き好んで母親と暮らしてるわけちゃうんや・・・」と、
態度がより軟化しましたので、
私が好き好んで母親と暮らしていて、母親と画策して弟を取り込もうとして、
弟と一緒に住みたがっていると、誤解していたというか・・・まぁそんな感じでした。




アホなんですよ。うちのクズ。
私と母がこれまで、弟を陥れた事なんて一度もないんです。


弟の為にならない言動をとろうと思った事など、一度もないんです。
私は本当に弟が大好きで、幸せになって欲しいと、
この子が生まれてからずっと思っていますから。


貧乏でしたけど、母が弟を産んでくれて、本当に良かったと思ってるんです。


うちのクズは、そんな事も分からないバカだったんです。
クズは、私に頭が上がらない部分があるにはあるのですが、
それは、私がこれまでクズにやってやってきた事に、
多少なりとも感謝しているのだと思っていました。


感謝というのは語弊がありますね・・・
感謝して欲しいなどと、一度だって思ったことはありません。あ、いや、何度かはあるかな。


ですが少なくとも、信頼してくれているとは思っていました。
私が、弟にとって大きな負担を強いるような姉だと思われていた事に、無性に腹が立ちました。


私は、さほど弟の負担にならないどころか、
メリットも大きいだろうと思って、同居を打診しました。


もし、デメリットの方が大きいと思っているのなら、
弟は、それを私に説明するべきだったと思います。


私だって、弟の足かせになるのは嫌ですし、
弟なんかと一緒に住みたいなんて一度も思った事はありません。


私のあずかり知らぬ所で、幸せに、好きに生きて行けばいいと思っています。
でも、どうせ近くに住んでいて一人暮らしなのですから、
一緒に住む事は、それほどハードルが高い事だとは思わなかったんです。


私がどれだけ一人暮らしが大好きか、知らないんですよ。
私が、大好きな母親ですら煩わしい時があるって、知らないんですよ。
私や母のこと、知ろうともしないんです。


誰かに対して、「私はこれだけの事をやってやった」という考えがあまり好きではありません。
自分で好き好んでやったのですから、その考えは、傲慢に感じる事があります。


私の行動は、だいたいが自分の意志でやっている事です。
仕事など、そうとは言い切れない部分もあるにはありますが。


ですが、クズに対してだけは、
「私はこれまで、クズにこれだけの事をしてやった」と思っておりますし、
そのような考えになっても、傲慢でもなんでもなく、ただの事実だと思っています。
クズが生まれてからこれまで、私は、それだけの事をやってきたと思っています。




私はクズが大好きですが、
いまだクズと、以前の様な気持ちで接する事はできず、
前は着信があれば100%折り返していましたが、今では、電話に出る事もまれです。


ただ、金銭トラブルなどが恐ろしいので、たまには電話に出ています。
お互い一人暮らしをしていた時から、何もなければ年に1~2度程度しか会わず、
電話もさほどないのですが。


・・・といっても、私もだいぶ態度が軟化しています。
よくある話ですが、バカ程可愛いってホントなんですよ。
トホホって、まさしく今使いたい言葉です。
トホホです。トホホ。




なんか、また長文になってしまい、申し訳ないことでございます。
母の事書くより難しく、支離滅裂になってしまったように思います。


あっちこっちに文章が飛びまくってて、脱線も多い様に思います。
あと、弟に対しての感情が、色々あり、サラッと読み返してみても、
意味が通じるのかどうか、不安ですが・・・。
もし読んで下さった方がおられましたら申し訳ないことです。


言葉を重ねれば重ねるほど、意味不明になる私のブログ・・・
誰かに分かるように書くのって難しいです。





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